社会性の哲学 :今村仁司の遺書





今村仁司著(岩波書店)


─暴力と贈与の視点

今村仁司の死の約2ヵ月後に遺著『社会性の哲学』(岩波書店)が刊行された。この著作で今村はその思想者としての歩みの柱であった暴力と贈与の問題を改めて論じている。
 
今村の社会哲学的思考においては、「なぜ社会は存在するのか」「いかにして社会は生成するのか」という、それ自体としては実証的に記述することの不可能な問いの境位がつねに根本的なモティーフとなっていた。そのとき今村の問題意識を支えていたのは、一見静止的に対象化=実体化されているように見える社会の下層には、その表層次元の静止作用によって見えなくされてしまっている流動的・力動的な葛藤や闘争の契機が隠されているという認識だった。そうした認識を踏まえ、今村は歴史の表層の下方へと埋もれてしまって見えなくなってしまったアルカイックな根源の領域に迫ろうとしたのである。
 そこで見えてきたのは、暴力と贈与の契機がからみあいながら対象化=実体化された社会的実定性を不断に揺さぶり続ける一種の永久運動(ペルペティーレ・モビーレ)のごとき層位に他ならなかった。社会のもっとも核心的な「内部」にありながら同時に社会が産み出す実定性のもっとも根源的な「外部=他者」としての意味を持つこの暴力と贈与の契機のからみあいの領域・層位を露わにさせることこそが今村の社会哲学の根本課題となっていったのである。そのことをはっきりと私たちに伝えているのが『社会性の哲学』に他ならない。

人間存在はある「過剰なもの」、あるいはその「過剰なもの」に起因する根本的な不均衡性を宿命的にはらんでいる。そしてこの「過剰なもの」とそれがもたらす不均衡性は、人間存在の根源的な層位に深い亀裂をもたらす。この亀裂はいわば人間存在に穿たれた裂け目といってよい。「過剰なもの」から絶えず備給される「なにものか」、さしあたりは「それes」としか呼びえないものが人間存在の根源的な層位に裂け目を穿つのである。
 この亀裂・裂け目は別な言い方をすれば、人間存在の不連続性の証しといってもよい。人間存在が宿命的に負う亀裂、裂け目、言い換えればその根源的な不連続性の契機が問題とされる次元は、世界や社会・歴史の存立以前の、決して哲学的・科学的な言説によっては対象化=実体化されえない次元、いわばそうした実定性の底を打ち破ることによって初めて浮上してくる次元なのである。この実定性が無底化される次元において露わになる人間存在の根源的な不連続性、不均衡性に促されて発動される人間の非対象的な存立機制を明らかにすることこそが、「なぜ社会は存在するのか」「いかにして社会は生成するのか」という問いにとっての出発点となる。
 
「過剰なもの」は極めて危険なものである。なぜなら「過剰なもの」はそれがそのまま放置されるとき、「過剰なもの」にさらされている存在の定常性・均衡性を脅かし、ついにはその存在そのものの破壊へと至りつくからである。社会性の次元を繰り込んでいえば、人間存在はこの危険な過剰性を解消し存在の定常性・均衡性を回復させるための様々な手段を生み出してきた。それらは共通して供儀や犠牲・いけにえの儀礼と呼ばれるものであった。そしてこの供儀や犠牲・いけにえの儀礼の基本的なファクターをなしているのが贈与と死の暴力なのである。神に捧げられる供物にせよいけにえにせよ、それらは対価を求めない贈与であり、同時に儀礼空間という日常の定常的な秩序を引き裂き、そこに不連続性をもたらす瞬間の顕現において、また犠牲・いけにえを殺戮する行為において暴力としての性格を帯びる。ではこの犠牲という形に凝縮する贈与と暴力の契機の持つ意味、その機制を、先に言及した社会性の生成以前のより根源的な人間存在の次元・層位に遡って解明しようとするときどういったことが見えてくるのか。それに対する答えを模索しようとしているのが『社会性の哲学』の第一部第一篇「存在の贈与論的構造」である。以下その内容を追っていってみよう。
 
まず「はじめに」のところで今村は「社会性とは、さしあたり友好と闘争のあらゆる関係づけの集合である」と言った上で、それは「客観的観察の立場からいえる」(『社会性の哲学』5頁。以下本書からの引用は頁数のみを記す)ことに過ぎないと記す。ここで今村がいう「客観的観察の立場」が、社会をすでに記述可能なものとして自明化している立場を意味することはいうまでもない。今村はそれに対して次のようにいう。「当事者の個人の立場に立っていえば、個人とは社会性を拒否し、外部に対して閉じた宇宙を作り上げていると感じている」(同)。ここで今村は、個人としての人間存在の持つ「存在感情」(8頁)がいわば社会性の成立以前の段階に属しているという認識を示している。
 
さてではこの社会性以前の個人の次元において贈与と暴力の契機はどのように問われ、かつ、それがどのような形で社会性の形成へと結びついてゆくのだろうか。「個人間には飛び越し不可能な深淵があることを、人間に内在する原理的な交通不可能性とよぶことにしよう。原理的に、すなわち「生得的に」あるいは本性的に、個人間の交通(関係)が不可能であるなら、社会なるもの、および社会から派生するあらゆる現象はありえない。にもかかわらず、経験が教えるように、社会は事実的に存在しているし、家族と市民社会を統制する国家なるものも事実的に存在している。社会や国家は、どのようにして原理的不可能性を乗り越えたのか。あるいは何が原理的不可能性を飛び越すことを許したのか。これこそが社会哲学の本来の課題である」(67頁)。
 この問いに対し今村は贈与と暴力の契機をはらんだ犠牲の論理とメカニズムを社会性の平面・次元の形成の原動力であるという答えを示す。「交通の原理的不可能性は、複数の「人間」が社会以前的な「群れ」をなして生きている状態のなかで、突如として特定の個人または少数者を排除し犠牲にするとき、乗り越えられる。社会的交通の原理的不可能性という深淵は、犠牲形成をもって跳び越すことができるようになる。犠牲とは、抑圧や差別に関わるすべての現象を包括する行為であり、それは究極的に殺害に至る。この意味での犠牲を作ることが社会なるものを成立させるのである。要するに、犠牲制作が社会性を可能にするのである」(7頁)。
 
犠牲の論理はすでに言及したように「過剰なもの」の解消の論理である。だがそこには「過剰なもの」を解消しようとして新たに「過剰なもの」の契機を呼び込んでしまうという逆説が含まれる。それは、「過剰なもの」の暴力性・危険性を解消しようとしてあらためて異質な暴力性を生み出してしまうという逆説に他ならない。犠牲の論理が社会性の平面を形成する論理でありうるのは、犠牲の論理のうちにそうした逆説が含まれるからである。言い換えれば、犠牲の論理とは人間存在の根源に横たわる「過剰なもの」の暴力性を社会性の平で動き出す暴力性へと転轍させるメカニズムに他ならない。つまり犠牲の論理は暴力の反復と累乗の論理でもあるのだ。その中核をなしているのが、一者ないしは少数者をいけにえとする「全員一致の暴力」(ルネ・ジラール)としての犠牲制作の暴力の行使なのである。あるいはここで犠牲の論理のうちに自己保存と自己破壊の循環を見通そうとした『啓蒙の弁証法』の「オデュセウス論」におけるアドルノの考察を想い起こしてみてもよいかもしれない。
 だが依然として問いはそこでは終わらない。「しかしなぜ人間は犠牲をつくることなしに社会または共同体をつくることができないのだろうか」(同)という問いがさらに生じるからである。今村はこの問いを究明するために、自ら「長い迂回路」と呼ぶ、「この原初的事実〔犠牲や排除の具体的事実〕の人間学的由来」(8頁)を明らかにするための考察へと進んでゆく。

今村がまず問おうとするのは、人間存在の原初的な「存在感情」(同)である。それは次のように捉えられる。「身体を媒介にした人と環境との関係は、なによりもまず「感じる」(感情)によって結ばれる。人のこの世への出現ないし到来は「生誕」とよばれるが、この到来としての生誕は「環境世界へ投げ入れられている」ともいえる。しかしこの投げ入れは、投入するものが存在しないところの投げ入れである」(同)。
 今村が社会性を無底化する個としての人間存在の存在感情の次元を問おうとするときいっさいの世界性をエポケーするまさに過剰性――根源的な他者=外部性――と呼ばれるべき存在論的層位が浮かび上がってくるのである。そしてこの過剰性のあり様を表現しているのが、「投入するものが存在しないところの投げ入れ」という今村の言葉に他ならない。
投げ入れる主体=主格が存在しない以上そこに現出しているのは、いかなる超越(論)的な能動-受動構造も構成されえない、あえていえば純粋な受動性の、つまり「純粋贈与」の境位なのである。                    
 
こうした純粋贈与にもとづく存在感情が社会的なものの形成に向けて一歩動き出す境位を、今村は二つの契機を通して解明しようとする。一つは「自己贈与」の契機であり、もう一つは「負い目」の契機である。その両者に関係について今村は次のように言っている。「原初の場面では、社会関係はまだ問題にならない。人は自己の存在を贈与または所与として情感的に「理解」している。与える働きを具現するもの(神であれ人であれ)はない。人はひたすら自己の存在を「与えられたもの」として感じ取るだけである。(……)これが原初的に存在するときの最初の側面であった。しかるに、人は存在を与えられたもの、すなわち贈与を受けたものとして感じるとき、不在的で不可視の「与える働き」に対して負い目の感じをもつ。存在を「与えられて-ある」と感じたときに、またそのときにのみ、「与える働き」は、あたえられたものの「意識」ないし「体験」のなかで、負い目を引き起こす。存在感情をもつ生命体だけが、負い目をもつことができる。(……)これが第二の側面である。第三に、負い目感情は必ず負い目を解消するように人を動かす。負い目感情はどうでもいいことではない。負い目は不完全性のしるしであり、マイナスの記号をつけられる。もし生存することを自己保存とよぶなら、自己保存は負い目という欠如を埋め続けなくてはならない。生きることは負い目を不断に返すことに等しい。(……)ともかく負い目感情によって、原初の存在場面において人は何かに向かって負い目を返す義務を感じ、またその義務感によって自己を贈与する。贈与の働きは個人の内部で同種の贈与行為を反復させるが、自己贈与もまた「与える働き」の個人における反復である」(478頁)。
 
与える主体なき純粋贈与の境位は、人間存在のうちにその贈与を反復しようとする動きを喚起する。この瞬間、純粋贈与のうちに痕跡として保存されていた生命体としてのリズム=循環が完全に終焉する。そしてそれを失った代償に人間存在は「自己贈与」の契機を獲得するのである。だが同時にそれは「負い目」というかたちで自己の「不完全性」、すなわち不均衡な過剰性、逸脱を自覚する瞬間でもある。それは、別なところで今村がいっている言葉を借りれば、人間存在が「自己の「ある」が「根源分割」であること」(18頁)を自覚する瞬間でもある。この「負い目」という過剰性がもたらす「根源分割」、すなわち亀裂・裂け目において、人間存在は純粋贈与の境位を脱して、いわば純粋贈与に対する対抗贈与としての、より正確に言えば対抗的なかたちでの贈与行為の反復としての「自己贈与」を発動するのである。そしてこの「自己贈与」は究極的には自己の身体や生命を投げ出し与える行為へと行き着くという意味で、犠牲の論理へと接合されてゆく。それは別な角度からいえば、「負い目」にもとづく「自己贈与」の発動の過程のなかに、自己の生命を何らかの理由・目的で破壊するという死の暴力の契機が隠されていることを意味する。
 
「負い目」とは人間存在のただ中に現れた一種の空隙である。あるいはそうした空隙をもたらす根源分割線、ずれといってもよい。この空隙からあふれ出る過剰なものが、負い目-自己贈与-犠牲の論理を通してもっとも原初的な意味での社会的なものの平面形成へと向かうのである。そしてこの負い目-自己贈与-犠牲の論理は暴力と贈与の契機を一つに結び合わせながら社会性の平面の下層において不断に蠢動し続ける。それが社会形成のアルカイックな根源、力動性に他ならない。そしてそれは、つねに事後的にしか、言い換えれば「不在的現前・現前的不在」という形でしか捉ええないものであるがゆえに、客観的記述の準位を超え出る「社会哲学」的認識と言説が必要とされるのである。そしていかなる社会的実定性のレヴェルにおいても不在であるこの層位ぬきには社会は生成しえないことを今村は本書で明かそうとしているのである。(2007

新音楽の哲学   :Th.W.アドルノ著




Th.W.アドルノ著
龍村あや子 訳(平凡社)



アドルノの音楽学者としての仕事のうちもっとも重要なものが『新音楽の哲学』であることは衆目の一致するところであろう。周知のようにアドルノはフランクフルト大学で哲学を学び1924年に学位を取得した後、翌1925年にウィーンへ赴き、アルバン・ベルクの下で作曲法を学んでいる。もともとオペラ歌手だった母やピアニストだった叔母の影響で音楽に早くから親しんでいたアドルノにとって音楽は彼の人生にとって不可欠なものだったが、このベルクとの出会いはアドルノのその後の生涯において思想の問題と音楽の問題が不可分な形で一体化する直接的な契機となった。ベルクは、20世紀の初頭のウィーンにおいて近代ヨーロッパ音楽の歴史を根底から覆す「新音楽」の創造にたずさわっていたA・シェーンベルクの弟子であり、そのベルクを通してこの「新音楽」に出会ったアドルノはたちまちそのもっとも熱烈かつ戦闘的な支持者となったのである。アドルノはベルクの下で学ぶかたわらウィーンで発刊されていた「新音楽」の理論誌『アンブルッフ』の編集スタッフに加わり、その誌面を通じて音楽学者としての本格的な活動を始めたのであった。
 
 ここで「新音楽die neue Musik」という言葉について触れておこう。アドルノは20世紀に現れた音楽を表すのに使われる「現代音楽」という一般的用語を避け、その代わりに「新音楽」という言葉を用いる。その背景には一つの明確な態度決定がひそんでいるように思われる。20世紀の音楽といってもそこには多様な傾向が含まれるが、その中でも中心的な存在といえるのがシェーンベルク、I・ストラヴィンスキー、そしてB・バルトークだったことはおおかた異論のないところであろう。「現代音楽」という言葉は、この三人の存在を軸に多様に展開される20世紀の音楽状況全体を客観的な形で総称する言葉であるといってよい。だがアドルノはこうしたニュートラルな見方を厳しく斥ける。20世紀の音楽状況において真に「新しい」(=創造的)といいうるのはシェーンベルクによって創設された傾向のみであり、ストラヴィンスキーやバルトークの音楽によって代表される傾向はむしろある種の退歩をしか意味していないとアドルノは考えるのである。すなわち20世紀の音楽の全体が新しい=現代的なのではなく、唯一シェーンベルクの音楽のみが真の意味で「新しい」のである。したがってアドルノの用いる「新音楽」という言葉は、20世紀の現代音楽全般を表す言葉というよりも、20世紀の音楽状況に対するアドルノの価値判断を含む言葉、より端的にいえば、20世紀の音楽はシェーンベルクに始まる「新音楽」の流れにおいてのみその歴史的、時代的本質を明らかにしうるというアドルノの明確な立場を示す言葉ということが出来る。
 
 こうしたアドルノの音楽学者としての立場がもっとも明確かつ原理的に示されているのが本書『新音楽の哲学』(B6判・349頁・3200円・平凡社)に他ならない。もし本書に現代音楽全体の概観やその背景についての解説を求める読者がいたとすればただちに失望するであろう。本書において取り上げられているのはシェーンベルクとストラヴィンスキーだけであり、しかもストラヴィンスキーは批判と否定の対象としてのみ取り上げられているにすぎないからである。さらにいえば本書は通常の意味での音楽書ではない。本書では、アドルノがベルクとの出会い以来温めてきた20世紀音楽のあり方、その本質にをめぐる認識と思考が、その源泉というべきシェーンベルクの音楽にそくして原理的に展開されているが、その認識と思考には音楽という領域をはるかにはみ出す諸要素が同時に含まれている。本書が最初に刊行された1949年という年に注目してほしい。この本書の刊行年は、本書の執筆された時期がナチズムと戦争の脅威から逃れてアメリカに亡命していた時期であること、それゆえに本書の執筆時期が亡命期の体験をスプリングボードとして産み出されたあのホルクハイマーとの共著『啓蒙の弁証法』やアドルノの思考のもっとも純粋な結晶体というべき断章集『ミニマ・モラリア』の執筆時期とほぼ重なることを指し示している。本書において展開されている認識と思考には明らかに『啓蒙の弁証法』や『ミニマ・モラリア』の内容と通底する要素、すなわち後期産業社会の現実とファシズムの暴力が時代に対してのしかかってくる状況の中で何が人間存在の、そしてそのもっとも重要な要素としての文化・芸術の存在の証しの最後の拠り所となるのかをめぐるぎりぎりの臨界的な思考要素が含まれているのである。こうした意味でも本書は稀有な音楽的思考の書、より正確に言えば「音楽を哲学する」書というべきであろう。
                   
本書は初訳ではない。本書の最初の翻訳はすでに1973年渡辺健の手で音楽之友社から刊行されている。ちなみこの時期アドルノの音楽書が、同じ音楽之友社から『不協和音』(三光長治・高辻友義訳)、『音楽社会学序説』(高辻・渡辺訳)、さらには白水社から『楽興の時』(三光・川村二郎訳)、法政大学出版局から『マーラー』(竹内豊治訳)と立て続けに刊行されている。今から振り返るとちょっとしたアドルノの音楽書の翻訳ブームだったのだがその割に反響は少なかったように思う。まだ十分にアドルノの受容のための基盤が出来ていなかったせいだろう。それには翻訳自体の問題もあった。訳者から分かるようにこの時期のアドルノの音楽書の翻訳にあたっていたのはおおむね独文学者たちだった。なかには優れた翻訳もあった――とくに『不協和音』と『楽興の時』――が、音楽の専門的な知識の不足と難解をもってなるアドルノのドイツ語の壁のために残念ながら日本語としては到底読むに耐えないものも見受けられた。今回本書を翻訳した龍村はドイツに留学し、戦後ドイツ最高の音楽学者の一人であるカール・ダールハウスの下で学んだ経歴を持つ優れた音楽学の専門家であり、ドイツ本国でアドルノ音楽哲学論によって学位を取得している。その意味で龍村は本書の訳者として望みうる最高の適材といえるだろう。龍村はすでに『マーラー』の改訳を刊行しており高い評価を得ているが、やはり本書の翻訳が彼女のアドルノの音楽思想への取り組みにおいて重要な里程標になるであろうことは想像に難くない。

 ここで具体的に旧訳と新訳を比較してみよう。本書の序論でアドルノの視座として目に付くのがヘーゲルの『美学』への言及である。それは直接的にヘーゲルの思惟の内容そのものへの関心というよりは、例の「芸術の終焉」やロマンティクへの批判に現れているヘーゲルの時代(歴史)意識に対する関心によっていると考えられる、そしてそれが、アドルノにおけるシェーンベルクによって代表される「新音楽」の歴史的意味の解明にとっての大きな示唆となっていたのである。それに関連する箇所をまず渡辺の旧訳で見てみよう。「新音楽の硬直は、絶望的な非真理になりはしないかという形成物の不安である。形成物は自己の法則への沈潜によって非真理を逃れようと懸命に努めるが、この沈潜が同時にまた非真理をも確実に増大させる。たしかに、今日の偉大な絶対音楽、つまりシェーンベルク派のそれは、ヘーゲルが、おそらくは当時はじめて解きはなたれた器楽の名人芸を横目で見やりながらおそれた、あの「無思想かつ無感情なもの」の反対である。しかしそのかわり、一種の、より高い秩序の空無を告知している。それは、「だがこの自己はその空虚さによって内容を逃してしまった」とヘーゲルが言う「不幸な意識」に似ていなくもない」(31頁)。
 
 これに対して龍村の新訳は以下のようになっている。「新音楽の硬化したありさまは、絶望的な非真理に対する形象自身の不安である。その形象はおのれの法則に沈潜することによって非真理から死に物狂いで逃れようとするのだが、そのことはまた同時に、整合性をとることによって非真理を増殖させてしまうことにもなる。/たしかに、今日の偉大な絶対音楽であるシェーンベルクの楽派の作品は、ヘーゲルが、おそらくは当時初めて解き放たれた器楽の名人芸を横目で見ながら心配したところのあの「思想や感情を欠くもの」とは正反対である。しかしながら、そのかわりに、一種のより高次の秩序の空虚さが存在を告げていて、それはヘーゲルの語るところの「不幸な意識」に似ていなくもない。――「しかし、その自己は、空虚さによって内容を手放してしまった。」(本書36頁)。
 
 両者を比較すると、龍村の新訳がより深くアドルノの思考文脈を踏まえたものになっているのが感じられる。例えば渡辺がそっけなく「確実に」と訳している箇所は、原語では「mit der Konsistenz」となっているが、龍村は「整合性をとることによって」と訳している。アドルノの思考においては、同一性へと帰着する整合的な思考はそれ自体本質的な虚偽性をはらむという認識が重要な意味をもつが、渡辺はこの表現の背後に潜むそうした問題を十分に認識していなかったというべきではないだろうか。つまり龍村のように「Konsistennz整合性」という言葉をたんなる修辞表現の要素としてではなく内容を伴った言葉として捉えるとするならば、首尾一貫した形で自己固有な法則にそくしながら自らを同一的な形象=作品へともたらそうとする努力そのものが、作品の非真理の源泉となってしまうという事態がここで問題とされていることが明らかになるのである。これは19世紀ヨーロッパの作品美学の最大の問題に他ならなかった。アドルノは『美学理論』の中で、ボードレールを引き合いに出しながら、作品そのものに刻み付けられた時代(社会)の傷(非同一性)こそが作品の真理の証しの重要な一端であるという認識を示しているが、このくだりはまさにその問題を想起させる。とするならば、古い作品美学に対置されるシェーンベルク派の作品は何においてその真理性を告げるのか。ここでも解釈上微妙な表現が問題になる。すなわち原語では「eine Art Leere höherer Ordnung」という表現である。渡辺は「より高い秩序の空無」と訳し、龍村は「一種のより高次な秩序の空虚さ」と訳している。この「Leere」は端的に高次な秩序の不在を意味するのではないだろうか。ここでアドルノがヘーゲルの「不幸な意識」を引き合いに出していることからもそれが窺える。自らのうちに分裂(アンチノミー)を抱え、たえず高次な統一を望みながらそこから追放されている状態が「不幸な意識」の意味するところだからである。それはまさにアドルノの見立てるモダニズム以降の芸術の本質に他ならない。
 
 いずれにせよアドルノの主著である『新音楽の哲学』が優れた新訳で刊行されたことの意義は大きい。同時期に刊行された若きアドルノの研究者竹峰義和の力作『アドルノ、複製技術へのまなざし』(青弓社)などとともに、70年代のアドルノ翻訳の時期やその後の現代思想ブームの時期に十分な形で果たされなかった本格的なアドルノの受容・研究がいよいよ始まったのを強く感じさせる。(2007.9)

ビフォア・セオリー 現代思想の<争点> :田辺秋守



 田辺 秋守著(慶應大学出版会)


「現代思想」という言葉があまり使われなくなってだいぶ経つ。もう「ポスト・モダン」なんか古いよ、とか、今さらデリダやフーコーでもないでしょ、などと軽薄な調子で口走る輩などは黙殺すれば足りるが、89年の冷戦終焉と01年9/11の事態によってもたらされた偏狭なナショナリズムへの志向と野放図な新自由主義的グローバリズムの跋扈が野合する状況の中で、「現代」という時代の意味を歴史認識の文脈に立ってきちんと把握すること、あるいはそれを時代状況と正面から対峙するための「思想」へと凝縮させてゆくことはますます困難になりつつある。それは、この時代を見通し、そこに内在するアクチュアルな課題を明確に浮かび上がらせる作業と、その課題の意味を本質的な次元にまで遡って検証し深化させた上で時代に対してもう一度投げ返してゆく作業を同時におこなうことの難しさといってもよい。この困難さのゆえに「現代思想」という言葉が使われなくなっていったのだとすれば、それだけ私たちの時代を覆う混迷の度は深まっているといわねばならない。とはいえ、拡散する時代の表層をただ上滑りにすべってゆくことを以って時代がわかったつもりになるような言語道断な仕儀へと逃避することは許されない。そうした困難さにたじろぐことなくぶつかってゆくことが「現代思想」の核心だとするなら、依然として「現代思想」という言葉には私たちにとって重要な意味が存在するはずである。
 
 そうした中、かつての「現代思想」ブームの担い手たちよりはるかに若い世代に属する田辺秋守が、あらためて「現代思想」の意味についての果敢な問い直しを試みた野心的な著作『ビフォア・セオリー 現代思想の<争点>』(A5判・254頁・2400円・慶應大学出版会)をこのほど刊行した。本書の特徴はまず、「現代思想」という概念の幅を広く柔軟に取るために、「思想」という言葉の変わりに「理論(セオリー)」という言葉を持ってきたところにある。田辺によれば「現代思想」とは、「現代/の/についての/のための/理論」(2頁)以上でも以下でもない。そしてそこから浮かび上がってくるのは「(1)アクチュアリティー(2)脱領域性(3)ラディカリズム(4)論争的性格」(同)という契機である。こうした「理論」としての「現代思想」の性格を踏まえる形で、田辺は「争点」、つまり「現代思想」と呼ばれる思想的=理論的営為の文脈の中で、「現代」という時代に固有な課題・問題性をめぐって生起してきたポレミークの(トポス)から「現代思想」の意味を問い直そうとする。ちなみに本書のタイトル「ビフォア・セオリー」は、田辺自身も言及しているようにテリー・イーグルトンの『アフター・セオリー』のもじりだが、「争点」となる場は同時に「理論」以前に属する、いわば「理論」の生成のための前段的条件が準備される場でもあることを示唆しているように思える。
                    
本書において田辺が設定した「争点」は、「モダンとポストモダン」「主体と他者」「イデオロギー論」「理性と非理性」「アクチュアリティーの所在」である。この五つの「争点」にそれぞれもっとも中心的に関わる「人」が配されている。「モダンとポストモダン」では、T.A.アドルノ、P・ビュルガー、F.ジェイムソン、J=F・リオタール、J・ハーバーマス、T・イーグルトンであり、「主体と他者」ではA・ルノー/L・フェリー、E・フッサール、E・レヴィナス、ハーバーマス、J・ラカンであり、「イデオロギー論」では、イーグルトン、マルクス、ハーバーマス、L・アルチュセール、S・ジジェックであり、「理性と非理性」ではM・フーコー、J・デリダであり、「アクチュアリティーの所在」では、フーコー、デリダ、I・ウォーラスティン、A・ネグリである。ただここからはさらに、もっともトピカルな存在としてマルクス、フッサール、アドルノの名を、そしてその三人を星座状に囲む形でレヴィナス、ラカン、アルチュセール、フーコー、イーグルトンの名を抽出出来るように思える。同時に本書が「現代思想」の書であることを念頭におけば、ここにニーチェとハイデガー、ドゥルーズの名がないこともまた留意すべきであるように思われる。つまりこの「人」の配置に、本書における田辺の周到な戦略が窺えるということである。
 
 田辺はまずアドルノに関連して、「現代」の原義である「モダン(モデルネ)」の位置づけを行う。それは、美的な意味での現代性である「モダニズム」の美学を通して行われる。すなわち自律性を帯びた芸術の持つ社会的な次元でのモダンへの抵抗と批判の機能こそが「モダン(モデルネ)」の位置を決定づける契機となるのである。より立ち入って見るならば、この「モダン(モデルネ)」の持つ社会的なモダンへの対抗・批判機能は、社会的なモダンが帯びている物象性・物神性に向けられる。そしてこの社会的なモダンの帯びている物象性・物神性の起源には資本主義的生産様式のメカニズムが存在しているという意味で、この抵抗・批判の機能はマルクスの「政治経済学批判」と通底してゆく。またその「政治経済学批判」の内容は、資本主義的生産様式によって産出される近代市民社会の支配的な日常意識、より正確には近代市民社会の支配的日常を自然性、永遠性として受け入れるための正当化の意識のメカニズムを暴くという課題にもつながってゆく。それが「イデオロギー批判」の問題であることはいうまでもない。

 興味深いのは、こうしたアドルノ―マルクスラインにおいて浮上してくる「モダン(モデルネ)」の抵抗・批判機能、より普遍的にいえば「イデオロギー批判」の機能との対比で田辺によって捉えられている「ポストモダン」の契機と意味である。この「ポストモダン」概念が一頃の「現代思想」談義の土台となっていたことはいうまでもない。田辺は、イーグルトンによる「ポストモダン」評価を援用しつつ、「ポストモダン」における「差異」「個別性」「異質性」「多様性」「文化相対主義」などの契機が、最終的には「共同体主義(コミュニタリアニズム)」と「自由主義(リベラリズム)」の最悪の継承者としての「ポストモダン」の性格を浮かび上がらせると指摘する。すなわち「ポストモダン」は、「モダン」をめぐる内在的な論議を深化させる代わりに、上記のような諸契機を通じて消極的な逃避形態としての相対性(共同体主義)と無制約な自由(自由主義)のお粗末なアマルガムを捏造したに過ぎないというのである。
 このあたりの「ポストモダン」評価は、一つにはドゥルーズ問題を省いたことに由来する面があるように思える。というのもドゥルーズのラインを踏まえて「ポストモダン」を捉えるとき、前に書評した岡本裕一朗の『ポストモダンの思想的根拠』(ナカニシヤ出版)において指摘されていたように、「ポストモダン」は批判的な政治性を帯びるからである。とはいえ田辺の視点が明確な一個の選択に貫かれていることは踏まえておかねばならないだろう。田辺の「現代思想」の「争点」をめぐる視座は、あくまで「ポストモダン」において生じた「差異の戯れ」式の没批判的な非政治性を許さないというところに根ざしているからである。だからこそ田辺は本書で、思想それ自身の内在的な評価は別としてそうした「ポストモダン」の非政治性の淵源となったニーチェ―ハイデガーラインをあえてオミットしたのだと思う。そうした田辺の姿勢は本書の締めくくりに現代の最もラディカルなマルクス主義者の一人であるネグリを持ってきているところにも現れている。
                    
全体の枠組みについての検討に思わず紙数を費やしてしまったが、本書の魅力はむしろ「争点」と「人」をめぐって繰り広げられる議論の細部にある。本書の魅力の背景をなしている最大の要素は、マルクスにはじまりジジェク、ネグリまで及ぶ広範なディスクルスの圏域を縦横に走破する田辺の思想的膂力の驚くべき高さにある。それを支えているのが、田辺のこれまで続けてきたテクスト読解作業の質の高さであることはおそらく間違いないだろう。田辺が読んできたテクストの量と範囲の広がりはいうまでもないが――それは後ろについている文献表で分かる――、それ以上に瞠目すべきなのは田辺の読みの正確さと鋭さである。種雑多なテクストを雑駁な形でしか読んでこなかった私などにとって、大量の文献を丁寧かつ正確に読破してゆく田辺の読解力の精密さは驚異以外の何ものでもない。例えば「理性と非理性」の章におけるフーコーの『狂気の歴史』をめぐる論議には、とりわけそれを強く感じた。フーコーにおける理性と非理性の分割(パルタージュ)の問題の文脈、とりわけ非理性と狂気がずれながら前者が監禁の対象に、後者が治療の対象になってゆくこと、さらには理性と帰責主体としての法的主体の関連が分割の問題の帰着点として問い返されてゆくことには大いに学ばせてもらった。そしてこの『狂気の歴史』におけるフーコーの議論を批判した『エクリチュールと差異』の中のデリダの論文「コギトと『狂気の歴史』」についても実に正確にその内容をダイジェストしてくれている。昔翻訳で読んでその難解さに頭をひねったのを思い出してしまった。またスロヴェニア出身の異能思想家ジジェクについて、イデオロギー論の文脈との関連で論じた箇所も唸らされた。とくにラカンの「象徴界」の概念を援用しながら物象化のメカニズムが二重の機能、すなわち人間関係の物どうしの関係への転化という「第一の物象化」に加え、それをもう一度幻想的な次元における人間関係への再還元する「唯名論的な還元」(132頁)が行われ、「象徴的」な代用物――「崇高な対象」――がイデオロギーの対象として定立されるというジジェクの『イデオロギーの崇高な対象』の議論に関する叙述は、ジジェクの理論を日本の読者へ橋渡しする上で重要な意味を持つと思われる。ここには廣松渉の物象化論に先にある理論的可能性の地平が展望されるからである。それに加え田辺が、ジジェクの指摘する反ユダヤ主義を象徴的事例とするような「強制収容所」という20世紀に固有な政治支配の構造との関連で、「ラディカルな政治的創造力に対する<思考禁止>」(136頁)という問題を取り上げ、それがジジェクのいう「ラディカルな政治的試みをすべて「全体主義」――「テロリズム」?――というレッテル貼りで封殺しようとする現代のイデオロギーの一傾向」(同)の現われであり、それこそがジジェクの警戒するところであると述べているのは、昨年『情況』誌でジジェクも参加したエッセンのレーニン・シンポジウムを中心にレーニンの別冊特集を出したことを想いおこさせた。レーニンが再び最も現代的な思想家になってもおかしくない時代状況がたしかに今あるのだ。こういう文脈をあらためて想起させてくれるところに本書の最大のポイントがある。(2006.6)

現代日本哲学への問い :勝守 真




勝守 真著(勁草書房)




先月に引き続き日本の哲学者の著作を取り上げたいと思う。近年、物理学者のニールス・ボーアについてのおそらくはわが国で初めての科学哲学の分野からの本格的なアプローチとなる博士論文を完成させた勝守真の新著『現代日本哲学への問い』(B6判・241頁・2800円・勁草書房)である。とはいえ本書は勝守の本来の専攻分野である科学哲学に関する著作ではない。そこには、廣松渉・大森荘蔵・永井均・高橋哲哉という、1960年代から現在に至る日本哲学の流れにおいてもっとも中心的な役割を果たしてきた4人の哲学者についての論考がまとめられている。ではなぜ今勝守はあえて自らの専攻分野をはみ出す形で本書を刊行したのだろうか――念のために申し添えておくと、高橋を除く3人の哲学者は科学哲学者としても優れた仕事も残している――。それについて勝守は次のように言っている。「この国の哲学・思想界において、相互の率直な対話や、思考の原理的な対決を回避する姿勢がいまだに強く、また――それと密接に関連するのだが――思考の成果を根づかせることなく流行の<衣装>として消費する傾向が支配的であるとすれば、本書のテーマ設定は、そのような状況へのささやかな抵抗という意味を帯びることになる」(まえがきⅰ頁)。勝守が本書で目ざしているのは、対話や論争もなしに哲学・思想が徒に消費され忘れ去られてゆくこの国の状況に対して楔を打ち込むことである。例えば、勝守自身もいっているように戦後日本のもっとも重要な哲学者の一人である廣松の仕事は、今「<敬して遠ざける>」か「時代遅れのもの」と見なされて、「今日の言説状況との直接的な呼応関係をなかば閉ざされて」(3頁)しまっている。もちろんそれは廣松一人にのみ当てはまる現象ではない。本書で取り上げられている大森もそうだし、まだ亡くなって二年にしかならない今村仁司の仕事ですらそうなりかけている。ただそこには勝守が指摘する日本の哲学・思想界の問題に留まらないより深刻な事情も伴なっているように思われる。
 
 私は本書を読みながらやや奇妙な感慨にとらわれていた。ひさびさにカッコ抜きの哲学書に出会ったという感慨に、だ。いうまでもなく現在でも――出版事情が悪化しているとはいえ――多くの「哲学書」、「思想書」が出版されている。先月の熊野の『和辻哲郎』のように啓発される本も少なくない。にもかかわらず、そうした本を読みながら何かが欠けているという思いにかられることがままある。それはおそらく、そこに真の意味での思考が欠けているというもどかしさに由来している。もう少し具体的に言えば、情報や知識、事例などにとらわれず、あくまで思考そのものの過程に即しながらそこで胚胎されたモティーフを最後まで徹底的に考え尽くすという意味での思考――ひと昔前なら「思弁Spekulation」と呼ばれたものだ――の欠如である。そうした思考が誘う観念の堅牢な構築物と出会う喜びが哲学書を読む醍醐味ではなかったか。今そのような意味での哲学書に出会うことは極めてまれなことになっている。そこには現在の社会の深部に底流する思考拒否、批判拒否の傾向が反映されているといってよい。その裏返しが世界経済危機を生み出した新自由主義的な功利主義であったことはいうまでもない。だが本書はそうした時代にまっこうから対峙するまぎれもない哲学書である。最低限のデータを除けば、本書から手っ取り早く情報や知識を得ることなど望むべくもないだろう。代わりに本書に充溢しているのは勝守の徹底的に「考え尽くすdurchdenken」姿勢である。本書の読者はそうした勝守の姿勢そのものと付き合い通すことを要求される。率直に言って今の時代傾向に慣れた読者にとってそれは骨の折れる作業であろう。本書は決して普通の意味で「楽しい」本ではない。にもかかわらずもしそれに耐えぬけば、本書からまぎれもない真正の哲学的思考の世界が浮かび上がってくるのに出会うことが出来る。繰り返しになるがそれは現在の状況の中ではまれな、そしてとても貴重な体験となるはずである。そしてそれとともに、勝守が一見ランダムに見える形で4人の哲学者を選んだ理由も見えてくる。廣松・大森・永井・高橋はそれぞれ立場や思想内容は違っていても現代の日本哲学の世界においてまさしくdurchdenkenの姿勢を貫き通した思考者という点では共通しているからである。その意味で本書は何よりもdurchdenkenの呼応の所産に他ならない。
                    
さて内容をみていこう。今述べたように本書で取り上げられている4人の哲学者はそれぞれ立場や視点に大きな差がある。にもかかわらず勝守が本書でこの4人を同時に取り上げた理由、根拠は何なのだろうか。それは、今述べたこの4人の思考者に共通するdurchdenkenの姿勢と密接に関連している。例えば廣松は、近代における「もの」的世界像に対して物象化論の視座に立ちつつその錯視的性格を批判的に抉り出し、関係の第一次性に定位する四肢構造論に基づいて「こと」的世界観を提示する。大森は、過去の実在性の自明視の上に成立する過去知覚の考え方を否定し、過去が現在における想起であるという視点を提示する。永井は、デカルトによって一般化・普遍化される中で失われてしまった「この私」の唯一性・代替不可能性に基づいて世界の実定的な定立の手前に位置する「私」の絶対性を提示する。そして高橋は、記憶が失われ証言が不可能となる極限状況=語りの不可能性の状況(「アポリア」としてのアウシュヴィッツ)においてなお「語ることが不可能なことについて語る」可能性を探ろうとする。これらの仕事に共通しているのは、何の疑いもなく実定的・実体的な起源や根拠を立てて――それは具体的には近代的世界観や人間観、時間観を支える「憶断」、すなわちドクサである――、そこから因果論的に思考を展開してゆくような姿勢が陥る倒錯、物神性を徹底的に暴き解体した上で、あらためて起源の場所から思考を出発させてゆこうとする姿勢である。それゆえにこそ彼らの仕事は貴重であり、私たちの思考を触発して止まないのである。しかしそうした彼らのdurchdenkenにおいてすらも錯視や物象化・物神性が生じない保証はないのだ。それは、無前提・無条件という出発点そのものが実体化されない保証はないということであるし、そこから出発した思考がその構築物そのものの中で倒錯した実定性・実体性によって逼塞させられる可能性が存在するということでもある。勝守が彼らの思考との対話を通して目ざしたのは、物象化や物神性をもっともラディカルに否定しようとしたこの4人の思考者においてすらもある種の盲点が存在し、その盲点によって物象化・物神性が再帰してくる可能性を明らかにすること、したがってそうならないための創造的な再解釈や、彼らの仕事に潜在している、ひょっとすると彼ら自身も気づかぬままに放置していた「可能性」を掘りおこすことだった。
 
 廣松の、認識する主体の側も認識する対象の側もそれぞれ「以上の或るものetwas mehr als」という構造によって二重化された上で関係づけられるという四肢構造論は、それを構成している「主体」と「客体」の側の各要素が「現相的所与-意味的所識/能知的誰某-能知的或者」という形で二重化=差異化された上で関係づけられているがゆえに、同一性ではなく非同一性としての差異性によって規定されており、したがって各要素がこの関係性から切り離されて独立自存視(同一化)されたときには、非同一的なものが同一なものへと顛倒され固定化されるという物象化的錯視が生じる。したがって四肢構造論は廣松において物象化批判の要となっている(第1章第1節参照)。その一方この四肢構造は私たちに対して世界が現れるあるがままの所与相としても規定されている。するとそこに一つの問題が生じる。すなわち四肢構造は認識批判的な概念であると同時に世界の記述概念でもあるという矛盾の問題である。廣松はこの矛盾を周知のように「当事主体für es」には物象化された相があるがままの世界として現われに対し、それを批判的に打破する力を持った「学知的主体für uns」において初めて四肢構造があるがままに現れる、という形で克服しようとした。だがこの四肢構造がたとえ学知的主体に対して現出するものとはいえ、それが記述概念である限りは再び同一化=物象化とならない保証はないはずである。それは勝守が第2章で取り上げている「通用的geltendと妥当的gültig」の関係においてより明瞭に現れる。ある通用性が成立している時、それを覆そうとするものとしての妥当性は自らを新たな通用性となしえたとき初めてそれ以前の通用性を覆すことに成功する。だがこれはまさしく新たな物象化の成立を意味しないだろうか。つまり同一性の否定がもう一つの同一性の定立を招くということである。

このような問題は、大森が過去知覚を否定して過去を想起によって規定しようとするときにも現れる。すなわち、過去を過去という時間相を前提にした実在性によって捉えようとする態度を否定するために現在性に根ざす想起を対置したとしても、そもそも想起と知覚の違いを知っていなければ、つまり過去知覚というものをあらかじめ知っていなければ過去の想起が何かを語ることは出来ないのである。つまり大森の過去想起説はじつはあらかじめ過去知覚の存在を前提として初めて成立いうるということである。つまり同一化された知覚と同一化された想起との差異に基づく区別関係を通して初めて過去想起説は成立するということである。この区別関係を忘却したまま過去想起説を掲げるとき、過去想起説もまた一種の物象化の相を帯びてしまうといえるであろう。物象化とは、関係の中でのみ成立する各項・要素を独立自存的に同一化することだからである。だとすれば、廣松の場合も大森の場合も、物象化批判の立場に立ちつつその行論の過程に暗黙裡のうちに同一化=項・要素の固定化の論理を忍び込ませていることになる。ここに勝守の両者に対する批判的な読解の要諦が存在する。永井の場合、それはむしろ逆転した相で現れるということが出来るだろう。すなわちいっさいの関係を否定する絶対的な唯一性としての「私」が、じつは暗々裏のうちにこの「私」と一般化された私および他者との関係性を前提として初めて定立されうることが、より正確に言えば言説の対象となりうることが――したがって永井の場合、「かけがえのないこの私を、他者も了解しうるような言説の対象にする=語る」というところにそもそも思考上の矛盾の出発点が存在することになる――問題とされねばならないのである。高橋の場合であれば、一見政治的実践の側から一挙にアポリア問題の解決を図っているかに見える高橋の姿勢の中に、理論哲学者としての高橋と実践に関与する高橋のあいだの葛藤が勝守によって詳細に検証されている。「語りえないものについて語る」というアポリアにおいてもまた、語りえない主体とは誰か、それに呼応する語りの主体とは誰かという同一性と非同一性のあいだの屈曲した関係が問われねばならないのだ。
本書における勝守の姿勢には、自らの思考の根拠を自ら壊してしまうこと抜きには先へと進むことの出来ない心の意味での思考のラディカリズムがみなぎっている。繰り返しになるが、それは現在の状況において極めて貴重なことである。率直にいって多くの読者が期待できそうにもないスタイルで書かれた本だが、だからこそ多くの読者が本書の真摯な思考に触れられることを切望する。(2009.11)

無能な者たちの共同体 :田崎英明




田崎英明 著(未來社)


読みながらぞくぞくするような興奮を覚える魅力的なエッセイ集に出会った。田崎英明の近著『無能な者たちの共同体』(B6判・254頁・2400円・未來社)である。
 田崎は周知のように、フランスにおけるアソシアシオン運動を扱った処女作『夢の労働 労働の夢』(青弓社)以来、ジェンダー/セクシュアリティ論や広義の意味での文学/美学論などを手がかりとしながら、近代以降の社会的な実定性のもとにある生および「文化」のあり方をずらす/脱構築するための試みを極めて先鋭な形で展開してきた研究者である。いや、研究者という言い方はいささか白々しい感じがする。むしろ思考者、より正確には思考実践者といった方がぴったりくる。田崎の仕事ぶりには研究者に要求される専門性がおよそ欠落しているからである。もちろんそれは田崎の仕事がアマチュアの水準にとどまっているという意味ではない。どんなテーマを論じても田崎の文章は、切れ味のよい知性の働きと繊細で柔軟な感覚が同居するその文体、意表をつくような巧みかつ戦略性に富んだ思考の展開、そして恐るべき文献博捜によって、その分野の「専門家」と称する連中をして顔色なからしめるような鮮やかな切り口や中身の水準の高さを示している。しかしながら田崎の文章には同時に、固有な経験ののようなものがあり、それが田崎を研究者という枠を超える思考者としての実践へと促しているのを感じる。それは田崎の仕事の持つ批評性の根源といってもよいかもしれない。

本書のあとがきで田崎は「私は最近辛うじて正規雇用の側へと、奇跡的に滑り込むことができた」と書いているが、大学院を終了後、際立って優れたその知的・学問的才能、書かれたものの水準の高さに対して誰もが感嘆し賞賛を惜しまなかったにもかかわらず、なぜか田崎はずっと専任職に縁がなく、不安定な身分での不如意な生活を強いられてきた。結婚生活の破綻にも遭遇している。その経験は田崎に、歴史における敗者の側に立つこと、敗者の消えてしまった/聴こえなくなってしまった「声」にこそ耳を傾けなければならないということを教えたように思われる。それは極めてベンヤミン的なにおいのするスタンスなのだが、じっさい田崎のなかでは、ベンヤミンが初期の「暴力批判論」から遺稿「歴史の概念について」まで一貫して抱き続けてきた、歴史/社会の外部へと追いやられていった法‐外なもの、制外的なものの存在へのまなざしと関心が、さらにそのまなざしと関心を現代において受け継ぐ批評的な思考を展開してきた『法の力』以後のデリダや、『ホモ・サケル』の著者アガンベンらとともに、しっかりと根を下ろしているように思える。そして今回取り上げる『無能な者たちの共同体』は、そうした田崎の思考のスタンスおよび最深部にある経験の質がもっともよく現われている著作であるといえよう。
                  
本書の冒頭に置かれている「Impotenz――中断」というエッセイは、田崎が本書で展開しようとしている問題がいかなるものであるかをいきなり鮮烈に突き出してみせている。そこには次のような文章がある。「善なるものは、そして、完全なものは、無能adynamia,Impotenzである(だから有能な者たちは、おのれの不完全さを恥じるのである)。政治とは、無能な者たちの共同体ではないだろうか。(中略)社会とは、おそらく、有能な者たちの共同体である」(7頁)。田崎がここで問おうとしているのは、存在における「現われ」の水位である。この「現われ」の水位は、まさにそれが「現われ」である限りにおいて、けっしてその背後へと遡行しえないある絶対的に完結したもの、自律するものである。つまり、表現するものに対する表現されるもの、語るものに対する語られるもの、意味するものに対する意味されるものを、背面に向かって遡行しながら探求しようとする挙措を許さないことを通して、「現われ」は「現われ」の水位を形づくるのである。この「現われ」は、アーレントが『人間の条件』において公的なものの本質として、より正確に言えば公的なものを構成する「行為action」の本質として提示したものである。公的なものの空間においては、すべてのものが、多様な違いを含んだそのあるがままの「現われ」において肯定され承認されるとアーレントは言う。この公的なものの空間が同時に「政治」の本質をなしていることはいうまでもない。「政治」の本質とは、それ以上背後へと遡行しえない「現われ」の完結性・自律性を通して個々人が互いに向き合う(相互に承認しあう)こと、あるいはそうしたことを可能にする場が生成することなのである。

ではなぜそれは「無能」であるといわれなければならないのか。それはまさに「現われ」が遡行不能であるからである。裏返していえば、「有能」であるということは、「能を隠す/背後に潜ませている」状態を指し示しているといえる。つまり「有能であること」とは、「現われ」がそれ自体では完結せずにその背後に潜むものの探求を必然的に促すような状態を意味するのである。そうした有能さをもっとも端的に表現している実践(プラクシス)が労働に他ならない。労働は自らの内部に潜む自然としての生命を費消することを通じて外部にある自然を有用な、つまり「有能」な価値へと作り変える=内へと取り込む実践を意味する。だからこそアーレントがいうように、労働は「現れ」の構成する公的な領域ではなく、オイコス(家産)に関わる私的な領域へと向かうのであり、それによって「社会」を構成するのである。「社会」について田崎が次のように言っている。「社会とは、現われているがままではないものの集合体である。光と闇、昼と夜に分かたれた者たちの共同体である。私たちの見ている姿以外の姿、他者の目からは隠された姿を秘めた者たち」(8頁)。
労働はうちに有能さを秘めた主体を作り、主体が自らの有能さによって自己以外の存在を喰い尽くす過程を生み出す。それは伝統的な言い方に従えば、主体の自己保存過程に他ならない。そして重要なのは、自己保存過程において主体が保存しようとしているのが、「現われ」の水位にある生としてのbiosではなく、「生命としての生命」、つまり「現われ」に至らないzoeであるということである。それは、生命がbiosの「現われ」において完結(死にうること)せず、zoeの永久連環(不死であること)に身をゆだねることでもある。それがもたらす事態を田崎は次のように言う。「生きていかなければならない〔自己保存を図ること〕かぎりで、それぞれの個体は、それぞれの身体は、互いに喰らいあい〔自己保存のための他者殺害の連鎖〕、一つの巨大な身体へと変貌を遂げる。社会的身体、種、あるいはさらに、大きな生命体へと。ちょうどホッブズの語る「リヴァイアサン」のように、それは傷つくことのない進退だ。個々の個体の、身体の死を超えて生き永らえるのだ。生身の、現実の身体は傷つきやすい。それに対して、可能的、潜在的な身体〔「有能」な身体〕は傷つかない。リヴァイアサンは、生身の、現実の身体からなる、可能的身体、いいかえるならば「できる(なしうる、可能である)」身体なのだ」(11頁{ }内筆者)。

このくだりを読み私はおもわず叩膝した。私事になるが、今私は資本概念や労働概念の組み替えを通じて、資本制のもとにある社会の根本的な転換を展望するという課題に取り組んでいる。そのポイントとなるのは、貨幣としての資本が自らの下に労働を包摂し、その内実を喰い尽してゆくプロセスをどのように脱構築し再構成してゆくかという課題である。それは、マルクスによって「死んだ労働」と呼ばれた資本が、すでに死んでいるためこれ以上は死にえないという意味で不死な存在として、「生きた労働」、言い換えれば生きているがゆえに死にうる存在を次々に呑み込んでゆく過程としてある「資本と労働の交換」の問題に他ならない。田崎の記述はまさにそこを正確に射抜いているのである。
この不死なるものが死にうるものを呑み込んでゆく過程に「有能な」社会の本質が見出されるとするならば、「無能な者たちの共同体」はそうした社会に対抗し、それを脱構築する最大の契機になるはずである。そしてそれは具体的に「快楽の身体」(12頁)を通して具現されると田崎は言う。快楽は、そこにおいてすべてが充足され、それ以上の遡行や持続のサイクルを必要としないという意味でまさしく「無能な」もの、すなわち「現われ」そのものということができる。だからこそ「快楽は、運動でも生成でもない」(同)のだ。ということは快楽としての「無能な」ものは、「中断」すること、つまり「流れや連続としての時間とは関係ない」(17頁)、言い換えれば自らが起源としてそれに続く時間を創設することの決してありえない、始まりの欠如、「欠如の欠如」(同)という状態を意味するのである。このくだりにおける田崎のハイデガー批判も興味深いがもう紙数が残されていないのでそこには立ち入らない。ベンヤミンを踏まえた核心的な記述を見ておこう。「無能な者たちが、その無能さを完全性として享受する、そのような「いまJetztzeit〔ベンヤミン『歴史の概念について』〕」。その到来」(同)。

最初のエッセイだけにかかずらっているうちにもう残りの紙数がなくなってきた。やはりベンヤミンの「例外状態」概念――これはアガンベンの著作のタイトルにもなっている――から出発して、「社会」形成の論理である社会契約や法的合意の意味を内側から突き崩してゆくスリリングな議論が展開される「法の彼方」の章、見ることから離れて解釈することへと向かうのを「誘惑」する運動のうちに、「社会」に照応する「自我」とそこから逸脱する外部としての「自己」との裂け目を見通そうとする「私は見た」の章、さらには全篇でおそらくもっとも強く読者に対して刺戟と興奮を喚起するであろう「テクネー/ポリス」の章――そこではアーレントの「労働/仕事/行為」の区分の再解釈を通した、距離をもたない透明な同一化に対抗する契機としての「テクネー」の意味の捉え返しと、そうした同一化を体現する「巨大な身体」としての国家―民族の論理の脱構築が試みられている――など、全体にわたって極めて刺激的な議論が展開されているこの著作の刊行は、田崎の新たなスタートの第一歩にまことに相応しいエールとなっている気がする。(2008.2

責任と判断 :ハンナ・アレント




ハンナ・アレント著 ジェローム・コーン編 中山元訳(筑摩書房)



ハンナ・アレントに対する再評価熱の高まりは一向におさまりそうもない。とくに2001年9月11日の「事態」以降、アレントをめぐる議論はいっそう切実さを帯びてきているように思われる。ナチスによるユダヤ人を中心とする無辜の民に対する意図的・計画的な集団虐殺という事態に直面して、アレントはその虐殺という事態をいわば試金石とする形で、自らの精神の起源であるヨーロッパ文明の原理とその歴史、とりわけ近代という時代が本格的に形成・確立される19世紀以後の社会および歴史におけるヨーロッパ文明の原理の根拠、正統性、限界などについて他のどんな思想家よりも真摯に問い直しを行おうとした。この問い直しの持つ意味は9月11日以降の事態に関しても有効である、というよりも極めて切迫性を帯びた課題となっているといえるように思える。

個々人の精神の多様性の承認、異なる意見や考えに対する寛容、暴力や権力の支配力によらない自発的な討議倫理にもとづく合意形成と規範の正統性の確立等々、古代ギリシアに起源を持ち、ルネサンスと市民革命を通してさらに鍛えなおされて近代ヨーロッパ社会の主導的なパラダイムとなったリベラルな人文精神(フマニスムス)の伝統は、まずナチスの蛮行によって根底的な危機にさらされた。だがそればかりではなく、2001年9月11日の事態に対してブッシュやブレア、小泉たちが宣告した新保守主義・新自由主義的な「対テロ戦争」によって、より正確に言えばその根拠をなしている「善」と「悪」の二元的な裁断イデオロギーによって再度、いなむしろナチスの場合と比べてもはるかに致命的ともいえる二度目の打撃を受けたのだった。寛容に対しては裁断と一方的な攻撃が、討議に対しては力づくの暴力と支配が、正統性に対しては物理的力の優位が臆面もなく対置される中で、リベラルな人文精神の伝統など屁の役にも立たないという恐るべきシニシズムが蔓延していっからである。このシニシズムが何より嫌うのは反省であり批判であり冷静な討議である。現状を無条件に肯定せず権力者のいうことに批判や異論を唱える人間はみな非国民であり潜在的テロリストとみなされるのだ。日本の安倍政権や最近フランスで成立したサルコジ政権などはこのシニシズムの――じつはそれはもう半ば以上全体主義といってよいのだが――もっとも典型的な現われといえるだろう。
ここで問題なのは、ナチスの時代と異なり、今私たちの世界にはアレントも、アドルノも、ヤスパースも、ミチャーリヒももはやいないことである。巨大なマスメディアの世論誘導や監視社会システムの個々人における内面化もあって、彼らがやったように、こうした事態に対してあえてマイノリティの立場に立ちながら対抗的・批判的言説を組み立てそれを公論化してゆくことの絶望的な困難さが私たちの精神を苛むのだ。

だからこそアレントなのである。私たちはアレントが行った困難な言説上の闘いを今改めて振り返ってみる必要があるのだ。今回公刊された『責任と判断』(A5判・302頁・3800円・筑摩書房)は、そうしたアレントの言説上の闘いがいかなるものであったかを知るために好適な著作といえるだろう。この著作の主題は文字通りタイトルに示されている通り、「責任」と「判断」である。「責任」とは道徳のことでもあり、「判断」とはそれを基準として行われた時代状況に対する診断である。ここでは問題を前者に絞って、アドルノ風にいえば、アウシュヴィッツ以降道徳について語りうる言説は可能なのか、自ら野蛮に加担するか、野蛮に対して無力な形でしか語れない「道徳」とは異なる道徳の原理がはたして提示可能なのか、という問いを立ててみたいと思う。このことに関して、本書の内容に入る前に、本書より少し前に公刊されたアレントの『思索日記』(Ⅰ・Ⅱ巻 青木隆嘉訳 法政大学出版局)の冒頭の文章を見ておきたい。じつはこの文章の内容と本書の内容が深く関連しているからである。
 1950年6月という日付のある無題のノートでアレントは、「赦し」と「和解」という二つのカテゴリーを提示する。まず「赦し」についてアレントは、「赦すそぶりをするだけで、平等も人間関係の基礎も根本から壊れ、本来なら、その後は平等な人間関係はありえなくなる。人間の間での赦しとは、報復を断念すること、黙ること、看過することにすぎないのだ」(『思索日記』Ⅰ 5頁)という。「赦し」という言葉に関して、例えば従軍慰安婦問題をめぐる「何度謝ったら赦されるのか」というような言い方が想い起こされる。ここで問題なのは発言した当人がいつか「赦し」があると予定調和的に考えていることである。だがアレントに即せば、そうした「赦し」への期待は、その事実への関わりの忘却であり責任の放棄でしかないのだ。ここでアレントの言葉は加害者と被害者の両面に及んでいる。加害者の側から「赦し」を求めることは、神のみに可能な背負い込んだ重荷からの解放を被害者の責任において実現しようとすることを意味し、被害者の側からいえば「赦し」によってふたたび被害を受けた際に生じた加害者との不平等な関係を再演することを意味するのである。

さて「和解」のほうはどうか。アレントはこういう。「和解では、他者の重荷を取り除くと約束したり自分に罪はないふりをしたりして、自分にやれもしないことをやると偽るわけではないから――他者との和解は芝居ではない。〔……〕和解する者は、他者の重荷を進んでともに担うのだ。和解によって平等が再建される」(同 6頁)。「和解」は「赦し」の断念の上に成立する。だから和解は加害者側にとって「赦し」の到来を意味してはいない。むしろ逆に加害者の側が被害者の重荷をともに担うことの始まりであり、そのことによって可能となる平等の実現なのだ。このアレントの議論は正直なところ分かり難い。だが本書に戻るとこのことに関連をして次のようなアレントの言葉を読むことが出来る。「誰に裁く権利があり、裁く能力があるかという問題には、はるかに重要な道徳的な問題がかかわってきます。〔……〕ここでは次の二つを指摘しておきましょう。第一に、大多数の人々、またはわたしの周囲のすべての人々が、善と悪の問題をあらかじめ裁いていたとしたら、わたしはいかにして善と悪を区別できるのでしょうか。裁くわたしとは誰なのでしょうか。第二にわたしたちは、自分がまだ生まれてもいなかった過去の出来事や事件を、裁くことができるのでしょうか。裁けるとすれば、どこまで裁けるのでしょうか」(27頁)。

ここでアレントが「裁き」というカテゴリーを出してきていることに注目しなければならない。「裁き」は「赦し」と真っ向から対立するカテゴリーであると同時に、私の理解ではありうべき「和解」への出発点となるものである。そしてそのことによってこの「裁き」というカテゴリーは、本書でアレントが考える道徳性の本質へとまっすぐにつながってゆく。ところで和解というとき、とくに宗教的な文脈から出てくる総懺悔論的な発想が出がちである。「あなたも罪びと、わたしも罪びと、罪びと同士赦しあい和解しあおうではないか」といういわば負の和解である。アレントの考える和解がこうした総懺悔論的文脈に立つ負の和解ではないことはいうまでもないが、その根拠となるのが「裁き」なのである。アレントは次のようにいう。「この裁判という制度においては、時代精神(ツァイトガイスト)からエディプス・コンプレクッスにいたるまで、個別のものにかかわらないすべての抽象的な根拠づけは力を失います。ここで裁かれるのは、さまざまなシステムや、傾向性や、原罪などではありません。わたしたちのような肉と血のある人間が裁かれるのです。法廷で裁かれるのは、人間の行為なのです。すべての人に共通する人間性の健全さを維持するために不可欠とみなされている法に違反した行為が裁かれるのです」(30頁)。
            
ある意味では常識的ともいえる裁判モデルにたった「裁き」の規定によってアレントは何を提起しようとしているのだろうか。誤解を怖れずに言えば、どのような極限状況にあっても発揮されなければならない個としての位相における責任の所在であり、そうした責任において確証される道徳の形式である。なんだ、そんなの近代主義的なブルジョア・ヒューマニズムに過ぎないじゃないかという揶揄が来そうな気もするが、ちょっと待ってほしい。アレントは道徳性の本質を「孤独(ソリテュード)と規定した上で次のように言っている。「善と悪の基準、<わたしは何を為すべきか>という問いに対する答えは、究極的にはわたしが周囲の人々と共有する習慣や習俗にかかわるものではありませんし、神の命令や人の命令によるものでもありません。わたしが自分に下す決定によるものなのです」(118頁)。
最後の言い方は明らかにカントの定言命法を想起させるが、実際ここで問題になっているのはカント的意味における自律であることは明白である。だが問題はそこにとどまらない。真に問われなければならないのは、なぜアレントがあえて「個人」とか「個性」ではなく「孤独」、あるいは「単独性」という言い方をしているのかという問題である。それに関して極めて興味深い例証をアレントは挙げている。それは、ナチス体制下であえて抵抗を行った人々に対するアレントの認識である。アレントは彼らが自分には出来ないことは出来ないという形で自分自身を軽蔑することを肯んじなかった人たちであるという。自分を軽蔑しないという格率は、「自分に嘘をつかない」という自己の自己に対する関係の形式、つまり完全に閉じた自己内関係の形式においてしか確証されえないという意味では、対他的な力を何ら持っていない。だがこのいかなる対他的な証明も不可能な絶対的な単独性のうちにおいてしか道徳の根拠は確証されえないのである。                                        

このカントの文脈にそくした単独性の理解が、本書における道徳の規定の最終的な段階である「意志」の問題にもつながってゆく。つまり問題はつねに行為の担い手であると同時に意志の担い手として、自らの行為の善と悪に対し究極的な形で責任を負わねばならない自己そのもの、人格そのものであるということである。とはいえこの自己は真空状態の中で純粋自我としてあるわけではなく、つねに他者に対して開かれた歴史的・社会的な場、文脈のうちにある自己でもある。このとき「意志」は「自由」と同義となる。「意志」とはある開かれた行為の場において自己の責任において、言い換えれば自己が自己に命ずる理性の法としての良心にしたがって自由に自らの行為を選択する根拠となるのである。このような文脈にたって「裁き」から「和解」への道を考えること、言い換えれば単独者としての責任において和解を担うことがはたして可能なのか。アレントが問おうとしているのはこのことである。
アレントは、まさしく良心の名における自由な単独者だった。だからこそ『イェルサレムのアイヒマン』の出版の結果ユダヤ社会から孤立することも怖れなかった。このアレントの意志を私たちは自分自身のそれぞれの現場であらためて引き受けていかねばならないのではないだろうか。(2007.6)

ベンヤミン「言語一般および人間の言語について」を読む :細見和之




細見和之 著(岩波書店)

ベンヤミンのテクストは基本的にどれも難解だが、わけても1925年に書かれた『ドイツ悲劇の根源』に至る初期のテクストは群を抜いて難解である。私自身今大学の講義で、1921年に書かれた「ゲーテの『親和力』」を学生たちと読んでいるのだが、読解の困難さに正直途方にくれるときがあるほどである。じつはゲーテ論に入る前には、今回取り上げる細見和之の『ベンヤミン「言語一般および人間の言語について」を読む』(B6判・278頁・2900円・岩波書店)のテーマとなっている「言語一般」論文についても触れたし、ゲーテ論と同じ年に書かれた「暴力批判論」にも言及したが、まるで底の見えない古井戸のように汲んでも汲んでも汲み尽くせないその内容の底知れなさ、その核心への到達しがたさに講義の最中しばしば絶句せざるをえなかった。これは本書で細見も言っていることだが、これまでのベンヤミン論は、ともすれば一定のテーマについて論じるためにベンヤミンをだしに使うだけだったり、粗雑な概念的要約に終始するだけだったりする傾向が強かった。これ何も人のことを言っているのではない。私自身がこれまで書いてきたベンヤミンに関する文章もそうだったという忸怩たる思いを踏まえて言っているのである。こうしたやり方が含んでいる最大の問題は、ベンヤミンのテクストが持つ本質的な難解さに正面から向き合っていないことである。
ベンヤミンの思考の核心を、ベンヤミンの用語を用いればベンヤミンのテクストのはらむ「真理内容」をつかむためには、テクストの「事象内容」を形づくっている難解さという要素との徹底した格闘がどうしても必要なのだ。それは「親和力論」冒頭の言い方を踏まえるならば、テクストの「事象内容」に対応する「注釈」をかいくぐりつつ「真理内容」に対応する「批評」へと向かう道をきちんと辿ることを意味する。とくにこれはベンヤミンの初期のテクストを読む際に必要な方法的態度といえるだろう。

今回取り上げる細見の新著は、詩人としての言語創造活動と平行して、表現と思考論理の関わりのほとんど秘教的ともいえる稠密さゆえに、ベンヤミンに勝るとも劣らぬ難解さを帯びているアドルノについて優れた著作を書いている細見が、まさに注釈から批評への道を丹念に辿る形でベンヤミンの初期の論文の中でも際立って難解な「言語一般」論文に取り組んだドキュメントである。本書で細見は、さほど長くはないとはいえ「言語一般」論文の全ての文章を取り上げてそれに対する詳細な注釈を行い、さらにそれを通して批評の領分、すなわち「言語一般」論文の真理内容にまで踏み込んでゆく。まさしく本書はベンヤミンのより深い読解のためにもっとも必要とされてきた著作といってよいだろう。
                  
「言語一般」論文の難解さにはいくつかの要因が重なりあっている。その中で最大の要因といってよいのが、この論文におけるベンヤミンの言語を扱う基本的な姿勢である。ベンヤミンはこの論文で、言語をその意味伝達的側面を完全に捨象した形で論じようとしている。言語の意味伝達的側面が捨象されるとき、当然にも言語の指示性やその裏づけとなる記号としての機能性も捨象される。ではいったいそうした諸要素の捨象の後に残る言語の性格とはどのようなものなのだろうか。このとき現れてくるのが、この論文の難解さの第二の要素というべきベンヤミンの言語の基本的な枠組みについての認識である。ベンヤミンは、言語をいったんその現実的な担い手としての人間から切り離し、「言語一般」という人間以外の全存在物、つまり事物にとっての言語をも含む言語の枠組みを設定する。そこには「事物の言語」と呼ばれる特異な言語のあり方が帰属している。それは、文字通り事物の存在そのものとしての次元における言語のあり方であり、通常の意味での言語の枠組みにはとうてい収まりきれないものである。ベンヤミンは、そうした事物の言語にもまた、言語に固有なある種の精神的本質が宿されていると考える。だがこの精神的本質は言語を手段として伝達されるものではなく、文字通り言語そのものにおいて伝達されるべきものである。こうして、言語は言語そのものを伝達するのであり、言語の精神的本質は言語的本質である限りにおいて伝達可能なものとなるという、「言語一般」論文におけるベンヤミンの根本的な認識が提示され、それが事物の言語に対しても適用される。

このような「事物の言語」の本質についての認識を踏まえてベンヤミンは、「事物の言語」をさらに二つの言語と関係づけてゆく。すなわち「事物の言語」を創造する「神の言語」と、「事物の言語」に対して「表現」や「翻訳」というファクターを通じて関与する「人間の言語」とに、である。この「事物の言語」/「神の言語」/「人間の言語」という三つの言語のあいだの関係がベンヤミンの言語認識の基本的な枠組みとなる。その背景をなしているのは、『創世記』において展開されている神の天地創造および人間(アダム)の創造の過程と論理である。より正確に言えば、事物に対しては「生じよ」という命令を与え、創造を実行し、さらに名づけを行う一方で、人間に対しては名づけを拒否し、代わりに名づけを行う言語を与えるという、神の創造=絶対的肯定の過程、言い換えれば神が存在をあらしめる創造の過程をそのまま言語創造の過程と重ねあわせる独特な神学的論理である。この論理によって人間の言語に、窮極的な「名づけ」の主体であるがゆえに唯一「名づけえないもの」である神に代わって、「名づけるもの」として「名づけられるもの」である事物(事物の言語)の創造の瞬間を、表現・翻訳を通して反復し模倣することが許されるようになるのである。人間の言語の本質とはこのような意味での命名に他ならない。それに対して事物の言語の本質は、それがいまだ自らを語りえない沈黙のうちにあることなのである。人間の言語は命名する言語である「語」によって事物の言語の沈黙を破り、それが語り始めるという事態をもたらす。

とはいえ人間の言語は決して神の言語の完全性を持つことは出来ない。この不完全さは、知恵の実をかじって創造の絶対的な肯定性が支配する「楽園」世界から追放されたアダムとエヴァ以降の人間、すなわち「堕罪」のうちにある人間において、命名する語の持つ創造性の喪失とそうした語に代わるたんなるがらくた・おしゃべりとしての言語を生み出す。それが、「言語一般」論文の内容と深い類縁関係にある「翻訳者の使命」(1921年)で問題にされているバベル以後の言語の性格なのである。このとき言語は肯定に代わって否定的な裁きを司る裁きの言葉となる。それは創造の非創造的な模倣としての認識の言語でもある。こうした言語のもとで存在=自然は悲しみのうちにふたたび沈黙する。だがこうした人間の言語の堕罪的な性格のうちにも、微かにではあるがふたたび存在の言語に語ることを取り戻させる潜勢的な可能性が含まれている。それは、依然として人間の言語を含めた全言語に伝達しえないもの(名づけえないもの)としての神との連続性が残存していることによる。
                  
かなりはしょった不正確な要約でしかないが、おおよそ「言語一般」論文の要旨はこんなふうに再構成されうると思う。だがこうして要約してみてもこの論文の内容がただちに理解されるわけではない。それどころか疑問や問いがただちに生じてくる。言語の精神的本質とはなにか?それと言語的本質とはなにか?ベンヤミンの神とはどのようなものなのか?なぜベンヤミンの論理は神学的な姿を取るのか?などの問いである。

細見はまず「はじめに」のところで、章立てを持たない「言語一般」論文の論旨の流れを、前半の論旨と後半の論旨のあいだの反転的な関係を軸に、原理論的部分、『創世記』に基づく言語のアレゴリー的解釈の部分、まとめの三部構成に再構成し直してこのテクストの事象内容を細見自身の読解にそくして確定する。そしてそこからこの論文を読み解く上で基礎となる6個のテーゼを抽出する。すなわち「(1)それぞれの言語は自分自らを伝達している(2)事物の言語的本質とはその事物の言語である(3)したがって、人間の言語的本質とは人間が事物を名づけることである(4)名前において人間の精神的本質は自らを神に伝達している(5)ただ人間のみが普遍性からしても集中性からしても完全な言語を有している(6)言語の内容といったものは存在しない。言語は、伝達として、ある精神的本質を、すなわち伝達可能性そのものを伝達している」(92頁)というテーゼである。

ここに現れているのは、神と事物、人間のあいだの垂直的な関係を軸としつつ、バベル以降の人間の言語に生じた事物と精神、精神と言語、言語と内容、伝達と伝達されるもの
等々の分離、さらにはそうした分離を前提として可能となる機能主義的な――ベンヤミンの言葉を使えば「ブルジョア的な」――記号言語に対するラディカルな否定の姿勢である。そしてとくに重要なのは、最後の(6)のテーゼから導き出される「媒質Medium」としての言語という視点である。細見はこの媒質としての言語を、明確な目的語(動作の被対象)を持つ他動詞的な言語のあり方と自らの動作を生成的に提示する言語の自動詞的なあり方の中間に立つ「中動相的なものdas Mediale」として捉える。この把握はベンヤミンの言語観、あるいはそれにとどまらない存在観、歴史観の認識との関わりでたいへん重要な意味を持っている。言語において何かが語るとき、それは何かが語らせるということを一義的に意味するわけではない。そこでは同時に、ちょうど花が自然に開花するように自ずから語るという事態もまた生じているのである。この「自ずから」においては、たとえば言語の精神的本質と言語的本質は区別を含みつつも一体的に絡みあいながら言語へと結実してゆく。それはベンヤミンにおいて、楽園以前の言語における「象徴」と楽園追放以後、バベル以後の言語における「アレゴリー」とを一貫して貫いている言語のもっとも固有な性格に他ならない。そして重要なのは、言語がこうした性格を帯びていることにこそ、人間を含む全存在物の神という絶対的普遍性との繋がりの根拠、証しが存在しているということである。それは同時にこの世界における本質的な意味での解放への「希望」(ゲーテ論)の証しでもある。
 別な角度から細見も触れているが(171頁)、この問題は、完全に閉ざされた内部において極限的な沈黙を強いられたアウシュヴィッツの死者たちの存在がふたたび「語る」ようになること、死者たちの証言が真に伝達されることとは何かという課題を私たちに突きつけているように思える。内部が語り出すためには、外部から語らせることや記号的言語による情報伝達とは根本的に異質な、存在それ自体が語り出す瞬間がどうしても必要なのだ、たとえそれが物理的に不可能であったとしても。周知のように映画「ショアー」はそれを主題としていた。後に自らホロコースト=ショアーの犠牲者となるベンヤミンはすでにこの論文を書いた1916年の時点でそのことを予期していたのだろうか。(2009.7