和辻哲郎 ―― 文人哲学者の軌跡 : 熊野純彦








熊野純彦 著(岩波新書)



今や日本の哲学界を代表する存在になりつつある熊野純彦が和辻哲郎に関する新著を公刊した(新書判・241頁・780円・岩波書店)。まず、これまでレヴィナス、ヘーゲル、カント、メルロー=ポンティなどの西欧の哲学者についての著作を主として執筆してきた熊野が、和辻という近代日本を代表する哲学者を取り上げたことに興味をそそられる。とはいえ現在東京大学の倫理学の正教授である熊野は文字通り和辻の後継者というべき立場にあること、そしてしばらく前から熊野が日本哲学・思想に並々ならない関心を払ってきたこと(菅野覚明との共同編集による『再発見 日本の哲学』シリーズ 講談社など)を考えあわせれば、本書はまさしく出るべくして出た著作というべきなのかもしれない。
 
 私自身にとっては和辻は何よりも『古寺巡礼』の作者であった。中学生から高校生にかけて奈良・大和の仏像にひどく惹かれ、毎年の如くかの地を訪れては寺めぐりをしていた時期があった。当然古寺巡礼にまつわる本もずいぶん読んだ。それらの中でも亀井勝一郎『大和古寺風物詩』、会津八一『鹿鳴集』、堀辰雄『大和路・信濃路』などと並んで、和辻の『古寺巡礼』はもっとも繰り返し読んだものの一つだった。とはいえ正直いってこの本にはある距離感を感じていた。熊野は本書のあとがきで、熊野の北大時代の講座主任だった宇都宮芳明のことに触れているが、それによればやはり奈良の仏像が好きだった宇都宮は和辻の『古寺巡礼』を嫌っていたそうである。私はそのくだりを読み「なるほど」と思った。私が和辻に感じた距離感は、例えば信仰の問題を土台に据えながら一挙に対象へと没入してゆく亀井のような仏像への接し方とはおよそ対照的な和辻の「鑑賞」的態度に直接的には根ざしていた。そしてそれは、刊行されるやただちに大正教養主義のひとつのモードとなったこの本の受容のされ方への違和感にもつながっていた。ただこの本の受容のされ方には、『古寺巡礼』も含めた和辻の著作の独特な雰囲気が作用している気がする。それは、本書の副題を踏まえていえば和辻の「文人」性である。もう少し具体的に言えば、哲学者にしておくのがもったいないほどに鋭敏な感性、とくに形の持つ感覚的な具象性に対する感応能力やそこから超越的な思考へと橋渡ししてゆく想像力ののびやかな働きなどの要素が、和辻の著作に否応なく文人的性格・雰囲気を与えているということである。ただそれが同時に和辻の「臭み」ともなって和辻への距離感・違和感につながって面もあるように思える。

 だが今回、熊野の新著を読むのと平行して久しぶりに『古寺巡礼』を読み返し、昔気がつかなかったこの著作の魅力、というか、これはまさに熊野の新著からの触発によるというべきなのだが、和辻の思想を底流する基本的なモティーフにつながる要素に気づくことが出来た。そして重要なのは、それが和辻の哲学全体、とくに和辻の主著というべき『倫理学』の主題にまでつながっていることである。それは本書のキーワードというべき「間柄」(あいだ)という言葉が示唆している問題である。

                   
 今回『古寺巡礼』を読み返しながら感じたこの著作に内在するある種の矛盾、亀裂から出発してみたいと思う。というのも、この矛盾、亀裂の先に和辻の思想のもっとも根本的なモティーフが見えてくるのではないかと思うからだ。
『古寺巡礼』には、一方において強いギリシア志向が存在する。例えばこの本の冒頭に、アジャンターの壁画のことが取り上げられている。また天平の伎楽面の印象から始まって、インド、ペルシャ、ギリシアへとその起源を次々に遡ってゆく奔放な考察の行われている箇所もある。そこでは和辻は明らかに西欧文明の起源としてのギリシア文明・芸術の賛美者という立場に立っている。逆に言えば、日本の仏像の美がそうしたギリシアという規範・尺度をもとにして測られているのである。このあたりがかつてこの本の感じた距離感の淵源といってよいだろう。だがその一方、熊野も引用しているこの本の末尾を飾る有名な中宮寺弥勒菩薩像――熊野も触れているように、この像を観音としたのは和辻の誤りである――をめぐる叙述には、この像を「日本的なるもの」の精髄として礼賛しようとする和辻の姿勢が表現されている。この一見すると矛盾するふたつの姿勢、態度には、だが単純に矛盾だと片付けるわけにはゆかない問題がはらまれている。というのもそこからは、和辻の思想の根本的な問題ともいうべき「他(異)への志向」と「自(同)への志向」の二重性が見えてくるからである。やや結論先取的にいえば「間柄」という言葉が指し示しているのはこの「他(異)-自(同)」の二重性を通して織りなされる関係性のあり方に他ならない。そしてこの二重性をはらんだ関係性のあり方を、例えば感覚性と思弁性の関係としてみるならば先ほど述べた和辻の「文人」性につながるだろうし、より包括的な歴史性・社会性の次元でみるならば、ある面でマルクスとの親近性をも含んだ和辻の主著『倫理学』(および『人間の学としての倫理学』)の主題の問題につながるであろう。さらにいえば、アジア・太平洋戦争期における和辻の日本国家や日本精神の捉え方に潜む極めて微妙なスタンスの問題もここから来ているといえるかもしれない。熊野の新著はまさにこうした和辻の思想的な核心を鮮明にあぶり出してゆく。
                    

 「他(異)-自(同)」の二重性をうちにはらむ「間柄」としての関係性には、極めて微妙な和辻の思想的スタンスが賭けられているように思える。おもえば哲学者としての和辻のデビュー作が『ニイチェ研究』であり、それに続く著作が『ゼエレン・キェルケゴオル』であったことはまことに象徴的であったといわねばならない。なぜならこのふたりは、ヘーゲル的な同一性の論理にまっこうから異=他性の契機をつきつけた思想家だったからである。しかしニーチェとキルケゴールから出発しながらも、和辻は単純に異=他的な非同一性の側へと突き進むことはなかった。和辻には時間・空間の両面にわたって共同性と連続性へと回帰してゆく志向もまた存在していたからである。それを証明しているのが『日本古代文化』から始まる日本精神史・文化史研究の系譜であり、さらには『風土』である。しかも熊野は本書でそうした和辻の中に潜む対蹠的な契機が決して別々に生じたのではなく、ほぼ同時に芽生えていることを証立てている(83頁参照)。そしてそれらをいわば総合する著作として『倫理学』が書かれていることも熊野の論述を追ってゆく中で納得させられる。そのひとつの焦点となるのが、カントの考察を通して提起される自己の空=無としての認識である。「カントの語る「本来的自己」「本体人」とはむしろ「一切の現実性の主体的な根源としての「空」」にほかならない(…)。――存在は、存在者ではない。存在は、存在者としてはである。本来的な自己と呼ばれるものも、対象的には無なのであった。それは、みずからを否定する否定性、なのではないだろうか」(106頁)。こうした認識がさらに和辻倫理学の根本的な発想にもつながってゆく。「人間存在の「個と全の二重構造は、全の否定によって個が成立し、個の否定によって全が全に還帰するという、二重の否定運動」を介して開示される。その否定運動は、しかも、和辻が「空」と名づける「絶対的否定性」、「本来的な絶対的全体性」が自己を実現する運動である」(127頁)。この「空」としての「否定性」がポジティヴに定立される同一性の否定を、したがって非同一的なものの契機の発出を意味することはいうまでもないだろう。だが和辻がそれを「絶対的全体性」と言い換えるとき、そこには別種の問題が同時に生起するのである。それは、否定性が非決定性の契機をはらむ異=他性のあり様を消去することによって、結果的に全体性という名のもうひとつの同一性の枠組みを定立してしまうという問題である。このことは直接的には和辻の中にある共同性・連続性への志向の意味の問題へとつながってゆく。例えば「清明心」に日本古代文化の真髄を見ようとした和辻は、戦争後の憲法改正過程で起こった天皇制をめぐる議論においてその「清明心」を象徴天皇制擁護の論拠としたのだった。象徴天皇制は明らかに和辻のいう「絶対的全体性」の証明であった。その「絶対的全体性」の根拠が「清明心」として現れる絶対的な肯定性なのだが、この肯定性は位相において否定性の完全な逆転写と考えてよいだろう。「何もない=空」であることが「すべてが肯定される」ことの根拠となるのである(85頁参照)。

 こうした和辻の姿勢をどう考えたらよいのだろうか。熊野は和辻のいう日本精神が異質なものに向かって開かれた、いかなる意味でもファナティックな日本主義イデオロギーとは無縁なものであったことを指摘する(84頁、151~2頁参照)。たしかにこの点を踏まえれば、和辻に日本主義イデオロギーとの共犯関係という疑惑を投げかけることは難しいといえるだろう。だが空=無を根拠として成立する絶対的全体性へと天皇制の性格を読み換えることを通して、天皇制超国家主義イデオロギーに彩られた戦争遂行国家体制へと一定のコミットメントを行ったこと、さらには象徴天皇制論による天皇制の存続(連続性の担保)を図ったことの責任まで免除出来るのだろうか。実際和辻の象徴天皇制論はもっともソフィストケートされた戦争責任否定論としての側面を持っているのである。
                    
どうも私自身の中にある和辻へのアンビヴァレントな感情が本書を通して全面的に触発されてしまったようだ。熊野は本書でじつにていねいかつ犀利に和辻のテクストを解きほぐしながら、和辻の思想的アンビヴァレンツを浮上させている。そして私自身がそうであるように、ときに抒情的に過ぎるほど和辻の「文人」的魅力への共感も語っている。だからこそなのだが、本書を読み終えたときにもなお和辻に対する理解をめぐって残る澱のようなものが気にかかるのである。その澱は、おそらくは橋川文三が日本にける真正保守主義の典型とみなした柳田國男の理解の問題などにもつながってゆくであろう。
ところで最後に一つだけ指摘しておきたいことがある。熊野の描き出す和辻像はその問題機制においてある別な哲学者のイメージと著しく重なり合っている気がするのだ。その哲学者とは熊野の――じつは私自身の、でもあるのだが――旧師である廣松渉に他ならない。熊野は本書であるいは間接的に廣松のことをも論じようとしたのだろうか。(2009.10)

0 件のコメント:

コメントを投稿